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大阪高等裁判所 昭和43年(行コ)24号 判決

控訴人 神戸税務署長

訴訟代理人 北谷健一 外三名

被控訴人 山下直次

主文

本件控訴を棄却する。

控訴以後の総訴訟費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴人……以下被告という……は、「原判決を取り消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人……以下原告という……は、「本件控訴を棄却する。訴訟費用は全部被告の負担とする。」との判決を求めた。

当事者双方の主張、証拠関係は、次のとおり付加するほかは、原判決事実摘示のとおりであるから、それをここに引用する。

(控訴人……被告……の主張)

(1)  (原告が提起した所得税の更正決定の取消を求める行政訴訟に於て被告が請求棄却の判決を求めることは、本税についてのみならず加算税等についても時効中断の事由となる。)

原審は、租税債権は法律上公定力や自力執行権を有していて裁判によつてその請求をなす必要はないから、その賦課処分の抗告訴訟に被告が応訴することは、租税債権の時効を中断する効力はないとしているが、租税法律関係の本質は、命令強制の権力関係によるものというより税法に基いて発生する対等な債権債務関係であつて、私法上の債権に近いものであり、原告の提起した昭和二四年度所得税更正決定取消訴訟は、原告敗訴となつて昭和三一年九月八日確定し、その取消請求の理由のないことが明らかになつたが、その手続、主張立証責任は通常の民事訴訟と同じに行われ、その性質は民事訴訟法上の請求異議訴訟に類似している。行政処分の取消請求訴訟も請求異議訴訟も執行力を有する債務名義の執行力の排除を求めるものであり、裁判所の執行停止決定がない限り執行の可能な点に於て類似し、これに加うるに租税関係にも能う限り私法上の性質を適用乃至準用せんとする立場から見れば、請求異議訴訟に於ける債権者の原告の請求棄却を求める趣旨の応訴は時効中断の効力が生ずるとした昭和一七年一月二八日の大審院判例は、この場合も同様に認めらるべきである。被告は、原告が提起した前記所得税更正決定取請求訴訟に対し、昭和二六年四月一七日更正決定は適法であるとして、請求棄却の判決を求め、右の原告の請求を棄却する判決が昭和三一年九月八日に確定したのであるから、この期間中原告主張の消滅時効は中断しているというべきである。

次に、所得税に関する加算税、追徴税、利子税、延滞加算税(以下加算税等という。)は、基本たる具体的な所得税の納付義務の発生、存在を基礎として当然に発生付加されるもので、本税の内容の拡大したものという性質を有し、本税納付の遅滞が続く限り必然的に本税に加算されて一体となり、その納付は本税と同一の期限に服すべきものである。従つて、前記取消請求訴訟に於て被告が請求棄却の判決を求めたことが本税の徴収権について時効中断の効力がある以上それは当然これら加算税等についても不可分に及ぶものといわねばならない。原審は、本税に関する更正処分の適否と加算税等の徴収権とは無関係であつて、本税についての更正処分取消の行政訴訟に於て被告がこれを争つて請求棄却の判決を求めたからといつて加算税等の徴収にづいてこれを裁判上行使したものとは認められないといつているが、両者は一体であるから、本税についての時効中断の効力は、本税に付加される加算税等についても及ぶものと解すべきである。

税法上本税と加算税等が一体とされる根拠は、次のとおりである。

(イ)  国税通則法六〇条三項は、加算税等はその計算の基礎となる本税に合せて納付すべきことになつていること。

(ロ)  右同法六二条二項(旧徴収法九条八項)は、国税の収納にあたつては、「納税者の利益を考慮し延滞加算税、又は利子税に優先して本税に充当すべき」旨規定し、民法四九一条の利息優先とは逆になつている。又私債権における利息の支払は、元本債務の承認であるとされているが、租税債権についてはこれとは逆に、本税の申告、納付は延滞加算税と利子税債務の承認と考えて、その時効が中断されるものとしている(国税通則法七三条四項)。

(ハ)  国税徴収法二条五項によると、加算税等の納期限は、基礎となる本税の納期限を以て、その納期限とみなしている。

(ニ)  国税につき滞納処分による差押を行う場合、利子税、延滞加算税は、数額が未確定であつても、差押後累積するものを含め、本税とともに差押債権となり、差押後公売までに成立する利子税「延滞加算税が本税とともに公売代金から弁済を受けることになつている。これは利子税、延滞加算税が本税の徴収と運命を共にすべきものと解されていることからくるものであつて、いわゆる「日々発生説」によつては、このような取扱いは不可能である。

仮に、加算税、追徴税は、本税とは別個の賦課徴収手続を要するので本税との一体性を主張できないものがあるとしても、利子税、延滞加算税については、別個の手続を要せずして成立確定するものであるから、本税と一体をなし運命を共にすると解するのが相当である。

(2)  (本税の納付は加算税等についてもその承認があつたものと認むべきである。)

原審は、原告は被告に対し甲四号証を以て加算税等の徴収権の存在を争う旨意思表示したものと認定し、これを以て加算税等については時効中断の効力を生じないものと認めるべき特段の事情に当るとしているが、原告は、昭和二九年二月一一日付書面を以て被告に対し、原告は、所得税の更正処分取消請求の行政訴訟の第一審で敗訴し控訴したこと、第二審での勝訴を確信するが再び敗訴すれば上告して争うこと、右訴訟が原告の勝訴に確定せば、それ以前に納付した税金の還付手続の煩を避けられないから、訴訟終結まで納税を猶予せられたいこと、もし右訴訟が原告の敗訴に確定した場合は所得税の本税のみを即時納付する、この場合加算税等は上告審の判決言渡時を起点としてのみ発生し、それ以前の期間についての加算税等の納付義務はないと思料するが如何、という照会をなして来たので、被告は、同年二月一七日付の第二回納税催告書なる書面を以て、右の徴収猶予はできない旨回答し、併せて本税、加算税の完納を催告し、その書面は同月二〇日までには原告に到達した。ところが原告は、同月二〇日被告に、所得税の本税は同月二三日までに納付する、前記更正処分取消訴訟が原告の勝訴に帰した場合被告に対し訴訟費用の償還を求めるのは勿論損害賠償請求の訴をも提起する、加算税等は上告審の判決以後に発生するものと解されるから納付しない旨の書面を寄越し、同月二三日本税を納付した。以上の経過によれば、原告が甲四号証によつて主張する加算税等不納付の理由は、未だ必ずしも原告が自己の解釈に基づき被告に対し、加算税等の納付義務がない旨の確信を表明した程のものでなく、照会に応じて被告の見解が原告の解釈と一致するならば、上告審判決以前の分については加算税等納付の義務がないことを確定的理由として援用するという意思を表明したに過ぎないと解するのが相当である。而して、被告は原告の見解の採り得ないことを明らかにし、かつ加算税等の納付を催告したのであるから、原告は、これによつて自分の見解が失当であることを認識し、同年二月二三日本税を納付したのであるから、その本税納付行為は、原告が加算税等の納付義務を承認しこれを表示したものと解するのが相当であつて、これは原審のいう特段の反対事情の存する場合には該当しない。

(3)  (被告が原告に対し差押を実行しなかつた理由等)

被告が原告に対する加算税等の徴収につき差押等の方法を実行しなかつたのは、原告の提起した前記行政訴訟が係属中であつたこと、原告が事理を弁識した法曹であること、原告が納税について接衝の除係官に対し右訴訟が原告の敗訴に帰した場合には即時税金を完納する旨明言していたので、強制徴収処分の強行を差控えたのに外ならず、権利の上に限つていたのではない。

仮に、原告の昭和二九年二月二三日の本税納付が加算税等の消滅時効中断事由たる承認に当らないとみるべき特段の事情になるとしても、昭和三七年法律六六号国税通則法(同年四月一日施行)七三条三項は「国税の徴収権の時効は延納、納税の猶予又は徴収若しくは滞納処分に関する猶予に係る部分の国税(当該部分の国税にあわせて納付すべき延滞税及び利子税を含む)につき、その延納又は猶予がされている期間内は進行しない。」と規定し、同条四項は「国税(付帯税及び国税滞納処分費を除く。)についての国税の徴収権の時効が中断し、又は当該国税が納付されたときは、その中断し、又は納付された部分の国税に係る延滞税又は利子税についての国税の徴収権につきその時効が中断する。」と規定し、右規定にいう延滞税及び利子税とは、本件における加算税等と同性質の国税であつて唯税法改正の機会にその呼称が改められたに過ぎないものであるところ、右規定に定める時効中断の効力は、同法をもつてはじめて創設された徴税権の時効消滅に関する制度若しくは付帯税徴収権の時効消滅の制度と解すべきものではなく、加算税等と本税が一体をなし同一の法的運命に服するものであることを時効に関し明文を以て確認したものにほかならないから、本税の納付行為は、納税者の主観的認識、意図と関係なく、加算税等を含めた一体としての国税の残額徴収権の全範囲につき時効中断の効力が生ずる。

被告は、原告に対し、昭和二五年二月二二日、同二四年度の所得税の徴収につき所得額と税額の更正処分を通知し、あわせてその納期限を同年三月二二日と定めた納税告知書を発し、同年三月三一日、指定期限を同年四月一四日と定めた督促状を発したところ、原告は、同二九年二月二三日所得税の本税を納付した。その後被告は、昭和三四年二月九日原告に対し本件加算税等納付の催告状を発し、それは同月一一日原告に到達したのであるから、同日から六ケ月以内たる同年五月一一日になした本件差押は消滅時効の完成前であるから適法であり、仮に本件加算税等の徴収権が時効により消滅したとしても、時効の完成時期は昭和二五年三月三一日に発した前記督促状による指定期限たる同年四月一四日の翌日から五年後の同三〇年四月一四日の終了時であつて、原審のいう同年二月二二日の終了時ではない。

(4)  昭和三四年五月被告が差押えた本件電話加入権の公売価格は、業者の値段六万円から公売の特殊性に伴う調整三割を減じた四万二、〇〇〇円である。尚被告の計算によると、原告に対して被告が有している租税債権は、利子税のみの場合は三五〇円である。

(被控訴人……原告……の主張)

(1)  原告の本税納付が加算税等についても時効中断事由となる承認というためには、本税納付に当り加算税等の徴収権の存在を認識し、かつそれを表示したことを要するが、原告が昭和二九年二月一一日付で被告署長山口新一宛に出した書面は、徴収権の存在を否認しているものであるから承認ではない。被告は、納税催告書に於て昭和二九年二月二〇日までに本税と付帯金を完納せよと催告したのであり、爾後被告はいつでも滞納処分をなすべき職務権限を有しながら、昭和三四年五月一一日になつて本件差押をなしたもので、それは徴収権が時効によつて消滅した後の行為であるから不当である。

(2)  原告は、昭和二九年二月二三日本税を納付したから、その翌日以降の加算税等は存在しない。又同月二四日以降五ケ年の経過により未払加算税等は時効により消滅したから、時効にかからぬ加算税等は、被管の原告に対する加算税等の催告書が到達した昭和三四年二月一一日より同月二三日までの一三日間の分二〇〇円未満に過ぎない。しかるに、本件差押の基本となつた加算税等は三万八、八一〇円であるから、過当な催告で時効中断のための催告としては無効であり、本件差押処分は失当である。

(3)  本件電話加入権の公売価格と公売価格の取りきめのあることは不知、本件電話加入権の差押当時の時価は六万円以上であるから、仮に消滅時効にかからぬ延滞利子税が被告主張のとおりだとしても、その百数十倍の価格のある電話加入権を差押えたのは不当である。

証拠〈省略〉

理由

1. (当事者間に争のない事実と加算税、追徴税の時効起算日)原告が、被告の原告に対する昭和二四年度所得税の更正決定を不服として、昭和二六年二月二四日その取消を求める行政訴訟を提起し、被告がこれに応訴し、同年四月一七日以来更正決定の適法なことを主張して請求棄却の判決を求めていたこと、この訴訟は、原告敗訴の判決があり、控訴、上告を経て同三一年九月八日原告の敗訴を以て確定したこと、原告が被告に対し昭和二九年二月二三日右の更正決定に伴う本税未納額八万八、六五〇円を納付したこと、昭和三四年二月九日、被告は、原告に対し、右本税に対する加算税等合計三万八、八一〇円を支払うよう催告の書面を発し、同書面は、同月一一日原告に到達したこと、原告がこれに応じなかつたため、被告は、滞納処分として同年五月一一日原告の日本電信電話公社元町局五、二三八番の電話加入権を差押えたこと、右の三万八、八一〇円の内訳は、加算税が一、七八〇円、追徴税が二万二、二五〇円、利子税が一万〇、三八〇円、延滞加算税が四、四〇〇円であることは、当事者間に争なく、又弁論の全趣旨と〈証拠省略〉によれば、被告は、昭和二五年二月二二日原告に対し原告の昭和二四年度の所得税を一〇万四、二五〇円、従つて、既納額との差額は六〇〇円の過納分を差引いて八万八、六五〇円と更正した旨通知し、これに追徴税二万二、二五〇円、昭和二五年二月一日から同年三月二二日までの加算税一、七八〇円を加えたものを同年三月二二日までに納付すべき旨の告知書を発し、更に同年三旦二日これらの各税を同年四月一四日までに納入すべき旨の督促状を発したことが認められ、それらの書面は、何れもその後一日又は二日後に原告に到達したものと推認されるので、この追徴税と加算税の納期限は前記四月一四日まで延長されたのであるから、その消滅時効はこの納期限の翌日たる昭和二五年四月一五日より進行を開始したというのを相当とする。従つて、この起算日をこれ以外の日だとする各主張は採用しない。

2. (利子税と延滞加算税の時効起算日)

〈証拠省略〉によれば、被告は、当時の所得税法(昭和二二年法律二七号、同二五年法律七一号所得税法の一部改正法五五条、同法附則一五項、同二八年法律一七三号所得税法四六条ノ三、同法附則二二項等)及び昭和二八年五月二八日の国税庁通達により徴収することになつた利子税一万〇、三八〇円(これは本来なら昭和二五年四月一日から発生するものであるが、徴収見合せを指示した前記通達により昭和二八年五月一日から、原告が本税八万八、六五〇円を納付した同二九年二月二三日までの二九九日間につき日歩四銭として計算されたもの、但し簡易税額表により少し減額となり一万〇、三八〇円となる。)及び当時の国税徴収法九条三、四、五項(昭和二三年法律一〇七号一八条、同二五年法律六九号により改正されたもの)による延滞加算税四、四〇〇円(これは前記督促状による指定期限の翌日たる昭和二五年四月一五日から本税納付の日まで本税に対する日歩四銭を課せらるゝ筈であるが、本税に対する五%を限度としているため、それを日数に換算すると一二五日となるので、終期は昭和二五年八月一七日となり、その翌日からは課せられないこととなる。)を前記加算税、追徴税とともに納入するよう、昭和三四年二月九日に発し、同月一一日原告に到達した書面を以て催告したことが認められる。而して利子税も延滞加算税も前記加算税、追徴税と同じく所定の納税を怠つた考に対し法律によつて課する遅延利息の実質を有し滞納日数に応じて日々発生するものであるから、利子税については前記のとおり昭和二八年五月一日から同二九年二月二三日まで毎日、その日の分が発生し、延滞加算税は昭和二五年四月一五日から同年八月一七日まで毎日その日の分が発生し、それらの発生日の各翌日から権利行使が可能であつたから、この利子税は昭和二八年五月二日から同二九年二月二四日まで毎日その前日分が消滅時効の進行を始め、延滞加算税は昭和二五年四月一六日から同年八月一八日まで毎日その前日分が消滅時効の進行を始めたというのを相当とする。従つて、これに反する各主張は採用しない。被告は、利子税と延滞加算税は、加算税、追徴税と異り、その賦課について特別の手続を要しないとの理由を以て本税との一体性を強調しているが、利子税、延滞加算税も本税の不納付を理由に日々発生するもので、その実体は加算税、追徴税と異ならないと解するのが相当であるから、この点に関する被告の主張は採用しない。

3. (時効中断事由の一について)

被告は、原告が提起した前記昭和二四年度の所得税の更正処分を争う行政訴訟に於て、請求棄却の判決を求め、その判決は昭和三一年九月八日被告の勝訴を以て確定終了したから、その間は本税についてのみならず、加算税等についても全部時効は中断したと主張しているが、行政訴訟において被告が応訴し原告の請求を棄却する旨の判決を求めることが時効中断事由となることは被告主張のとおりであるが、これらの加算税等が所得税本税の未納を原因とする共通点を有するにしても、これらは本税とは別個に発生する独立の税金で別個に納付を命ぜられるもので、両者は不可分一体であると解することはできず、かつ、〈証拠省略〉によれば、この行政訴訟に於ては専ら本税についての争が訴訟物とされ、加算税等が訴訟物となつていたと認める余地はなく、この行政訴訟に於ける応訴を以て加算税等についても時効の中断事由ありしものという被告の抗弁は採用できない。

4. (時効中断事由の二について)

被告は、原告が昭和二九年二月二三日、更生決定による本税八万八、六五〇円を納付したことを以て、加算税等についても承認があつたものであると主張しているが、〈証拠省略〉によれば、原告は、被告に対し「小生ノ延滞金ニ付テハ二月一一日付貴官ニ対スル小生内容証明郵便記載ノ理由ニヨリ納付シマセヌ、又若シ貴官が延滞金ニ付滞納処分ヲサレタ場合ニハ異議ノ訴訟ヲ提起シマス」と加算税等に対する納税義務の存在を否定する見解を明らかにし、原告の認識に於ては本税と加算税等は全く別個のものとしていることが認められるので、本税の納付を以て加算税等についても、これを承認したものとなすことはできず、その他原告の採つた態度を以て被告主張のごとく中断事由たる承認なりと解することはできない。

被告は又国税通則法大〇条三項が加算税等は、本税と合せて納付すべきものとなつていること、同法六二条二項が、民法の扱いとは逆に納入された税金は先づ本税に充当されて後加算税等に充当されるべきこととなつていること、同法七三条四項が国税徴収権の時効が中断し、又国税が納付された時は延滞税、利子税についても時効が中断すると規定していること(但しこれは本件事案後の昭和三七年に制定されたものである。)、加算税等の納期限は、本税の納期限と同一とみなされていること国税についての滞納処分を行う場合の差押債権には、利子税、延滞加算税を含み、公売代金からの充当にもそれが含まれること、特に利子税、延滞加算税は、本税と別個の賦課手続を要せずして成立、確定することを以て、本税との一体性を強調しているが、加算税等が本税の存在を前提として発生、累積すること等は全く被告主張のとおりであるとはいえ、それらは被告の方から行う徴収手続についてそういう手続が行われるというに止まるのに比べ、時効中断の事由としての承認は債務者の主観とその表明に対する法律効果であるから、両者を一様に取扱うことはできない。消滅時効を完成させないためには自ら執行権をもつ被告の方で法定の手続を履践すれば済むことなのである。尚被告は、国税通則法七三条三項四項の各規定が昭和三七年法律六六号の制定によつて創設されたものでなく、従前よりの行政実例学説等に徴し、それまでの解釈を確認する意味で制定されたに過ぎないと主張しているが、当裁判所は、左様に解釈することは困難と考えるのでこの主張も採用できない。

5. 以上説明のごとく、被告主張の各理由により消滅時効が中断したものとなすことはできず、追徴税と加算税は五年後の昭和三〇年四月一四日の経過により、利子税は、昭和三四年二月二三日の経過によりその全部が、延滞加算税は、昭和三〇年八月一七日の経過によりその全部が消滅時効にかかると見るべきものなるところ被告は、昭和三四年二月一一日原告に到達した書面を以て、これら加算税等合計三方八、八一〇円の納入を催告し、それより六月内の同年五月二日原告主張の電話加入権に対し滞納処分として本件の差押えを行つたものであるから、このうち昭和三四年二月一〇日までに時効が完成したものは租税債権が消滅し、滞納処分を行うことはできなかつたといわねばならない。ただ利子税のうち前記昭和二九年二月一〇日の翌一一日から同月二三日までの一三日分三五二円(これは前記法律及び昭和二八年八月七日政令一六六号により算出された金額)については被告の催告と滞納処分のため時効の進行が中断され租税債権は消滅せず、被告は、この限度で滞納処分を行うことができるものといわねばならない。

6. 尚原告は、第二次請求原因として、本件のように長期間行使されなかつた国税の徴収権は国税庁の通達又はその事務取扱いの慣行により、行使しないことになつているから、本件差押処分は違法で取消さるべきであると主張しているが、斯様な通達、慣行の存在を認め得る資料はなく、所得税等の解釈からもこの主張を容れることはできない。

7. 最後に原告は、実体はこの程度の租税債権なのに、被告が尚三万八、八一〇円の加算税等が存在するものとして、原告に対して行つた催告は過大であつて時効中断のための催告としては無効である旨主張しているので案ずるに、以上説示のごとく加算税等が消滅時効のため結局この程度にしか残らないという解釈は必ずしも容易でないのと、そもそも時効による租税債権の消滅は、元々存在した租税債権が一定の時日の経過に対し法律が特別に与えた法律効果であるから、結果的には過大な催告となつても催告自体を無効とするものとは解しがたいので、原告のこの点に関する主張は採用しない。

但し、昭和三四年五月、被告が原告に対する滞納処分として神戸元町局五二三八番の本件電話加入権を差押えた当時のこの電話の市場価格が六万円であつたことは、〈証拠省略〉によつて認められるところであり、これを被告主張のように公売の特殊性に伴う減額率を三割とみても尚四万二、〇〇〇円の価格を有していたものといえるからこの価格を有する本件電話加入権を残存する利子税三五二円のため差押えることは均衡を失し、かつ電話は不可分のもので、右利子税に相当する部分だけを分割することもできず、弁論の全趣旨によれば原告は弁護士であり、右税金額を徴収するに十分な他の動産等を所有していることが推認されるし、この程度の金員を原告が支払に応じないとも考えられないので、被告の行つた本件滞納処分は、この点において失当たるを免れず、原告の本訴請求は理由がある。従つて原告に対する加算税等の徴収権が全部消滅したことを理由とする原判決中のその部分は失当ではあるが、本件滞納処分を取消した原判決は結局正当であるから(民訴法三八四条二項)、被告の本件控訴は依然として理由なきものと解さざるを得ない。

よつて被告の本件控訴を棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 岡野幸之助 宮本勝美 菊地博)

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